是音(1)(仮) 1 朝、広い公園。    原色の空から降る雨が、赤いゴムチップで固められた歩道を濃い色に染め上げている。    宮本は自分以外誰もいない公園の広場にある、彩度の無いコンクリートで出来た屋根のあるステージの舞台に立っている。    そこでじっと、客席になっている段に生えている。地面の草を叩く雨を見つめている。    宮本は、 宮本「例によって、雨なんてな」    とぼやき、腕時計を見る。    時計は9時半を示している。    宮本は周囲を見回す。    人の姿は何処にもない。    宮本は、 宮本「……アイツも来ていないって事は、俺は愛想をつかされたか」    と言い、胸ポケットに入れている携帯電話を見る。    着信記録の類は一切無い。    宮本は雨と周囲の光景を見回したが、変化の無い光景に飽きを覚えて欠伸をする。    ふと後ろに目をやると、荷物の入ったザックとバイオリンのケースが置かれている。    宮本は暇をもてあまし、ザックとバイオリンのケースに手をかけて開ける。    中にはバイオリンと弦が丁寧に入っている。    宮本は無意識のうちに手に取ろうとするが、はっと我に帰って手を止める。 宮本(何で俺は、こんな事を……)    宮本は周囲を見回すが、先程見た光景と変化が無い。    宮本は再びバイオリンを見ると、息を呑んで手に取る。    そして、再び周囲を見る。    周囲の光景は何も変わらない。    宮本は、誰もいないのを確認し、頷くとバイオリンを構え、即興で弾き始める。    奏でる音楽は荒い部分がある物の、雨の音によってまろやかになり滑らかに響いていく。    宮本は視界に入る全ての物を感じず、只純粋に弾いている。    そんな中で、徐々に雨が引いていく。    宮本は適当な、曲にもなっていない音符の羅列の様な音を弾き終える。    宮本は一息ついて段を見た時、段に日が差している事に気付き、ゆっくりと空を見上げる。    そこには、雲が原色を作って空を染めている物の、アスファルトの割れ目の様に所々裂けていて、裂け目から日の光が差し込んで黄色くなっている。    黄色い光は半透明な絹の様に純粋な色を纏い、地上に向かって注ぎ込んでいる。    宮本はその光景を見て、何処か神々しい音が自分に響いてくるのを感じる。 宮本(この音は……?)    宮本は音源を求め、周囲を見回す。    そして、ふと空を見上げる。    雲の裂け目に合わせて、差し込む光が蠢く様に動いて変化していくをじっと見つめる。    周囲を照らす光も揺らめき、段にその揺らめきが光の加減になって現れる。    段に現れた光の加減が、何処か自分に向かって飛び交う声援とも、拍手とも取れる何かがふっと響いてくる感覚がする。    宮本は空から響く音に耳を傾ける。 宮本(この音……アイツの音にはなかった……遥か遠い所から来る……)    宮本はその音に対して、何かを悟る。    そして、 宮本(頭に響く音なんかじゃない、心に響く音だ……)    と感じ、宮本の目に、うっすらと涙が浮かぶ。    空の裂け目は広がっていき、日が更に差し込んでくる。    宮本は空を見つめつつ、 宮本(俺はまだそこにいないのか?今からそこに、辿り着けるのか……?)    と思い、光注ぐ光景に感極まってくる。    そして…… 宮本「俺はそこに行って、一緒に奏でたい。その心に響く曲を……光差す曲を!」    宮本はきっとした表情をして強く言い、空に向かって拳を上げる。    と、そこにステージの脇から浅香が、宮本の前に現れる。   宮本は女性を見て、きょとんとする。   浅香は片手を上げ、 浅香「よッ」    と、宮本に声をかける。    宮本は一瞬凍りつくと、今さっき叫んだ事に対して照れを覚えて顔を赤くする。    そして、 宮本「あ、浅香?」    と、動揺した感じで声を上げる。    バイオリンケースを背負っている浅香はにこりとして、 浅香「うん。言いだしっぺが遅刻してご免ね、電車送れちゃってさあ」    と、笑いながら頭を掻く。    宮本は浅香に呆れた表情をして、 宮本「いいよ、もう」    と、ため息混じりに言う。    浅香は宮本に、 浅香「それで、宮本君。貴方は今何をしているの?やっぱりコレ?」    と尋ね、バイオリンケースを指差す。    宮本は一瞬、不安げな表情をするも、すぐに笑みの混じった穏やかな表情をする。    そして、 宮本「ん、ああ。今やっと、振り出しに来た所だよ」    と、はっきり言い空を見上げる。    すっかり晴れていて、青い空をバックに雲が千切れている光景がある。 2 数年後、朝の商店街。    透明なアーケードの屋根から光が入り込み、商店街にすがすがしい印象を与えている。    アーケードの先にある駅から、もしくは駅へ向かう人々でごった返している。    ファストフード店は開いていて客足もある者の、居酒屋は開いておらずにシャッターが掛かっている。    そんな中、人々の流れに逆らうように、宮本が人を掻き分けて焦り気味に走っている。    宮本は中分けの髪を肩近くまでぼさぼさ気味に伸ばし、無精ひげを生やしている。    その上、彩度の低い服を着ている為に、薄汚ない印象がある。    宮本は、 宮本「なんてこった、目覚ましの電池が切れてたなんて!」    と言いながら駆けている。    人々は何事かと思いながら、自分達の流れに逆らっている宮本を見て不思議がる。    宮本はアーケードを駅に向かって。 3 役所内、事務所前。    役所の隅にある部屋に、白い紙が貼られている。    紙には『市民ボランティア中央管轄部』と書かれている。    宮本はそこに息を上げて来ると、落ち着くべくドアの前に手をかける。    そして落ち着と、ばっとドアを開ける。 4 事務所。    いくつか机が並べられていて、壁に様々な紙が無造作に張られている。    全体的に古い印象が拭えず、日も差していないのかやや薄暗く、蛍光灯の光がやっと光の不足を補っている。    事務員は何名かいるが、明らかに机の方が圧倒的に多い。    ドアが開き、宮本はドアを閉めて中に入る。    事務員は宮本を見て、 事務員1「あ、宮本さん。おはよう御座います」    と挨拶した上で、 事務員1「今日は、児童館に直で行っていたんじゃ……?」    と、尋ねる。    宮本は頭を掻き、 宮本「……その前に、タイムカード。登録しねぇとうるさいからな」    と言って、壁に貼り付けてあるカード差しからカードを取り出し、隣にある机に載った機械に差し込む。    機械はピッと機械音を立て、トースターの様にカードを吐き出す。    宮本はカードを取り、元のカード差しに差し込む。    電話応対をしていた事務員2は電話を切り、宮本を見て、 事務員2「宮本さん。結構律儀なんですね」    と、笑みを浮かべて言う。 事務員1「本当ですよ。変な所律儀で。そんなの後で書けばいいじゃないですか」    と、宮本に声をかけるも、宮本はため息をつき、 宮本「ここに名前のない奴が、何で市民ボランティアしてんだ?」    と、低い声で言う。    その後にこりとして、 宮本「な〜んて、部長が突っかかるからな。前それで揉めて、色々壊したろ」    と軽快に言って、窓際を見る。    窓際には所々へ込んだ鉄製の棚がある。    宮本は呆れ、 宮本「只でさえ、この手の物は予算が少ねえからな」    と力なく言って、さっさと出て行く。    事務員は開きっぱなしのドアを見て、 事務員1「それだけの用件で態々……」    とぼやく。    事務員2は、 事務員2「あんなので、まともな仕事に就けないって言うんだからねえ……」    と、呆れ加減に言う。 5 児童館入口。    児童館内は綺麗で、子供達が駆け回っている。    奥にホールへの入口がある。 6 児童館内ホール。    ホールと言っても、実際には屋内にある多少広いスペースに階段状になった腰掛がある程度である。    全体的に漆喰の白と、木材の茶を基調としている。    腰掛には子供達が座っていて、後ろに親が立ってステージを見ている。    ステージは紙で出来た花や飾られていて、ある程度派手にはなっている。    そこに、軽快にギターを弾きながら宮本が入ってくる。    宮本は子供達に、 宮本「どうも〜今日は来てくれてありがとー」    と軽い調子でいい、ギターを鳴らして、 宮本「皆、おっはよー」    と、声を上げる。    子供達はわあと声を上げながら、 子供達『おはよー」』    と、元気良く答える。    しかし、宮本は、 宮本「まだ元気が足りないぞ、もう一回元気な声で言うんだ」    と声をかけ、 宮本「せーの」    と合図をする。    と、子供達は合図に合わせて、 子供達『おはよー!』    と、大きな声で答える。    宮本は威勢のいい挨拶を聞き、 宮本「よぉし、いい挨拶だぞ」    と言い、ギターをかき鳴らして、 宮本「歌ってのは元気な時に歌うと、もっと元気になるんだぞ!」    と声を上げ、ギターの音にあわせて歌を歌いだす。    子供達も宮本にあわせて、歌を歌いだす。    子供達の明るい歌声が、ホール全体に響く。 7 昼。児童館内休憩室。    『STAFF ONLY!』と書かれた看板が立てられていて、その先の通路の真ん中にテーブルと椅子がある。    通路の先は吹き抜けになっていて、子供達が追いかけっこをしているのが見える。    テーブルでは、隣にギターを置いた宮本と係員が、向かい合わせになって弁当を食べている。    宮本は缶ジュースを一気にのみ、 宮本「午後の部は2時からか。まだ余裕あるな」    と言って、腕時計を見る。    時計は午後1時をさしている。    係員は、 係員「ですね。子供達に振り回されてばかりで疲れたでしょう?」    と尋ね、 係員「医務室にベッドがありますから、そこで仮眠を取ってはどうでしょう?」    と、宮本に提案する。    宮本は首を振り、 宮本「そこまで歳じゃねえよ」    と言い、追いかけっこをしている子供達を見て、 宮本「けど子供って奴は元気なもんだ。演奏終わっても、あんなにはしゃいでやがる」    と、はっきり言う。    子供達が駆け回っているところに親が来て子供を掴む。    子供が泣き出す。    親は子供をしかりつけながら、連れて行く。    宮本は舌打ちをして、 宮本「子供ってのは騒ぐのが仕事だってのに……大人になったら騒げねえんだぞ」    と愚痴をこぼす。    係員は困惑した表情をして、 係員「でも怪我したら、したらで親が出てきますから。うちとしては大変ですよ」    と、冷静に言う。    宮本は眉間に皺を寄せ、 宮本「今時の親がうるせえんだよ。演奏の時も騒ぐなって水差しやがって」    とぶっきら棒に言い、弁当の飯をほおばる。    係員は困惑した表情で、 係員「それはそうですけど……そういうのって、子供を大事にしているからでして」    と、語尾を曖昧にして言う。    宮本は口に含んだ飯を飲み込み、 宮本「只の設備投資だろ?自分が出来なかった事子供に背負わせてるだけだ」    と言うと、食器をテーブルに置く。    そして、隣に置いたギターを手に取り、 宮本「出来ねえ事なんて何もねえ、錯覚だ。そいつを俺が思い出させてやる」    と言い、きっとした表情をして、 宮本「あの時みたいにな」    と、はっきり言って去っていく。    係員は、 係員「あ、時間までに戻って来てください」    と、声をかける。    宮本は片手を上げて答える。 7 屋上。    見えない部分からか、ブロックで覆われておらずにコンクリートの部分がむき出しになっている。    加えて余り整備されていないのか、所々にひびが入っている。    更に誰もおらず、風の音と下から響く子供達の声、車の音だけが響いている。    宮本は屋上に足を踏み入れ、真ん中に立って周囲を見回す。    空は雲が所々に見えるものの、晴れていて完全に曇る気配はない。    宮本はふいてくる風に心地よさを覚えつつ、 宮本「いい所だな……もしかしたら、あの公園よりもいいかもな」    と言い、ギターを掻き鳴らし始める。    ギターの音は精細を欠くものの、荒々しく何処か揺さぶられるような音を放っている。    宮本は空に浮かぶ太陽と、光に隠れて黒い部分を作り出している雲を見ながら、ギターの音にあわせて歌いだす。    屋上全体に音が響き渡る。    宮本は歌い終え、ギターを鳴らすのをやめると太陽を見る。    太陽は雲の陰に隠れ、日がかげる。    その様子を見て宮本は、 宮本「お前はまだ、答えてくれないのか……?俺の音にまだ……」    と悔しそうにいい、 宮本「教えてくれぇ、あの光を!」    と、強く空に向かって叫び、再びギターを鳴らし始める。    雲が抜け、太陽が再び顔を出す。    と、同時に日が差してくる。    宮本は瞳を潤ませ、 宮本「あの時聴いた歌を……俺は……お前と弾きたいんだ!」    と強く言い、何かを吹っ切るかのようにギターを強く弾く。    その音は先程の音と異なり、非常に荒い。 8 夕方、歩行者天国。    日が傾きだし、全体的に黄色に染まっている。    地面はブロック張りとなっていて、様々な商店が出入りしている。    学校が近いのか帰りの学生を中心に、様々な人達が行き交っている。    宮本はギターを背に背負い、通りをひたすらに駆け抜けている。    宮本は走りながら、 宮本(人身事故なんて反則だろ!このままじゃ役所閉まっちまうぞ!)    と思いながら、焦り気味に走る。    と、そこに宮元の前に足が出る。    宮本は足に引っかかり、 宮本(!)    体勢を崩す。    しかし、咄嗟に受身を取って横に倒れ、背中のギターと顔が地面にぶつかるのを防ぐ。    宮本は呻きながら起き上がり、 宮本「く、何かに躓いたか」    といいながら、転んだ場所を見る。    様々な人々が行き交っている光景が見えるだけで、特に何もない。    宮本はため息をつき、 宮本「何だ……運がなかっただけか」    と呟き、痛みを覚えつつ立ち上がろうとする。    その時、 声「相変らず、地面這い蹲っているのね」    と嫌味ったらしい声が響き、宮本の前にロングスカートの足が見える。    宮本はゆっくりと立ち上がりながら、 宮本「今、この瞬間は少なくとも」    と言いながら、服についた土を払い、声がした方を見る。    そこにはややはねっ返りの、腰近くまであるロングヘアをした浅香が立っている。    宮本は浅香を不思議に思い、 宮本「お前、ここん所いつも会うよな……待ち伏せでもしてんのか?」    と、尋ねる。    浅香はむっとしながらも、 浅香「さあ、何言っているのかしら」    と逸らし、 浅香「バイオリンからギターに変えても、仕事もないなんて……恥ずかしくないわね」    と言う。    宮本は呆れ、 宮本「文句言う為に待ち伏せしてたのかよ?」    と、むっとした調子で言う。    浅香は宮本に笑みを浮かべて、 浅香「今日はね、私の参加するジャズセッションあるのよ」    と言い、紙切れを胸ポケットから取り出す。    宮本は呆れ、 宮本「宣伝目的でここ2、3日、俺をからかっているのか?」    と尋ねる。    浅香は得意げに宮本を、嘲笑の表情で見つめる。    宮本は腕を組んで朝霞に、 宮本「それと俺と何の関係がある?お前の実力じゃ俺呼ばないと駄目って事ねえし」    と、尋ねる。    浅香は得意げな表情をして、 浅香「あら、アンタとアタシの差を見せ付けてあげようって言うんじゃない」    と嫌味な感じで言い、自分の胸に手を当てる。    宮本はため息をつき、 宮本「差は見えてるだろ。一方はボランティアの弾き語り。一方はプロのドラマー」    と呆れ加減に言い、 宮本「年齢イコール恋人無しと、1000人斬りした男と同じ位差があるぞ」    とぼやく。    浅香は得意げな笑みをして、 浅香「あら、その差を身を持って教えてあげようって言うんじゃない?」    と言い、紙切れを宮本に渡す。    宮本は受け取る。    浅香は宮本の姿を見る。    只でさえ彩度が低く、薄汚い服装に土がついていて惨めに見える。    浅香は宮本の姿に、 浅香「この手の世界は才能が全て。才能がない人間なんて惨めなだけ。諦めなさい」    と、強く言う。    宮本は浅香の言葉に苛立つ事なく、土を払いながら、 宮本「才能なんてなくてもいいだろ。俺はあの時の音を奏でたいだけなんだからよ」    と、はっきりいい浅香を払いのけようとする。    しかし、浅香は宮本の払いのける手を掴み、きっとした表情をして、 浅香「また電波な話?いい加減にしなさいよ。歳重ねてるだけで迷惑なの、分かる?」    と、強く言う。    宮本は浅香が掴んでいる手を振って、無理矢理解き、 宮本「才能?歳?んな物関係ねえよ。目標に突き進む事の何が悪いんだ」    と言い、駆け抜けるように去っていく。    浅香は人ごみに消えていく宮本を見て、 浅香「あんなの……只の馬鹿じゃない」    と呟く。 9 同日夜の商店街、居酒屋の前。    アーケードの透明なアクリルを通して、暗闇が映っている。    しかし、アーケードの天井についたライトが点灯している為暗くはなく、寧ろ明るい。    帰りの人々でごった返している中、宮本は人々を掻き分けて進んでいく。    宮本は居酒屋の前に来ると立ち止まり、戸を開けて、 宮本「ただいま戻ったぞ!」    と、声を上げて勢い良く中に入る。 10 居酒屋の中。    全体的に古く、木造を意識した造りとなっている。    中央にあるカウンターは客で混んでいて、常連同志の交流があるのか隣同士で話し合っている所もある。    壁に掛けたテレビからは映像が流れ、にぎやかな光景がある。    宮本は戸を開け、 宮本「ただいま戻ったぞ!」    と声を上げて、勢い良く中に入る。    すると、カウンターで接客をしていた母親が宮本を見て、 母親「あら、今日は遅かったのね?」    と、声をかける。    宮本は、 宮本「少し遠かったわ、変な奴に絡まれるわで色々大変だったんだ」    と言い、奥に向かっていく。    と、カウンターの奥から、 父親「んないい訳どうでもいい。それより早く中入って手伝え!仕事ねえ癖に!」    と、罵声が飛ぶ。    宮本はむっとして、 宮本「うっせえ!やるって言ってんだろ!」    と言って舌打ちをする。    客のうち、コートを着ている早川は父親と宮本とのやり取りを見て、 早川「相変らず絞られてんな。お前の歳じゃ、定職見つけねえとそろそろやばいぜ」    と、宮本を茶化す。    宮本はむっとして、 宮本「別にいいだろ、俺には俺の生き方ってのがあるんだからよ!」    と言い、早川の手元にある熱燗を見て、 宮本「それよりいいのかよ!交番勤務の警察官が酒飲んでてよ!」    と、突っかかる。    早川は笑いながら、 早川「おいおい、警察官が酒飲んじゃいけない法律があるのか?」    と言い、 早川「それに、ここで飲むのは非番の時だけだ。ちゃんと物事弁えてるって」    と言って宮本を指差し、 早川「ギター弾いてばっかりで日雇いしかしない、お前と違ってな」    と言って笑う。    宮本はむっとする。    客達も笑い出す。    うち、帽子を被った中年の男は早川を見て、 中年の男「そこまで言うなよ。一途でいいじゃねえか」    とからかい半分に言い、 中年の男「何なら、俺の娘でも紹介してやりたいくらいだ」    と言って笑う。    そこに早川は、 早川「ろくな仕事のない奴をか?」    とはっきり言う。    中年の男はカウンターにある楊枝をつまみ、 中年の男「体力あんだから、仕事くらい俺が紹介してやるぞ?なあ」    と言って宮本を見る。    宮本は呆れ、 宮本「からかうのは止めてくれよ」    と言って苦笑いをする。    そこに、 父親「いい加減にしろ、くっちゃべってねえで来い!」    と、カウンターの奥から声が響く。    早川は、 早川「せっかちな奴だな、客との話も仕事のうちだぞ。待てんのか?」    と言うも、宮本を見て、 早川「ああなると、親父さんはうるさいからな。早く行って来い」    とせかす。    宮本は頷き、 宮本「着替えてくる」    と言い、奥の扉に向かう。    そして、扉を開けて中に入る。    中年の男は楊枝で歯を掃除しながら、 中年の男「ああいうのは化けるよ」    と言う。    早川は笑いながら、 早川「いつ化けるんだかな……起爆剤がなければ燻ったまま終わるぞ」    と、皮肉じみた言い方をする。 11 同日深夜、部屋。    真っ暗な部屋に、カチカチと時計の針が動く音が響く。    真っ暗な所にドアが開き、そこから光が差す。    部屋は所々散乱していて、アーティストのポスターが壁に幾つも無造作に貼られている。    散乱している物の殆どは、楽譜や音楽雑誌等の所謂『音楽関係』のそれである。    机の上にはパソコンが置かれているが、周辺にはやはり無造作に様々な物が散らばっている。    宮本は疲れた表情で中に入り、 宮本「今日はきつかった……明日仕事だったっけ?」    と、首を摩りながらいい、壁に掛けてあるカレンダーを見る。    カレンダーは9月を示していて、様々な予定が書き込まれている。    宮本は、8日の予定に目をやる。    『解体の仕事!』と、殴り書きで書かれている。 宮本「明日か……」    と力なく言い、手に持っているギターを隅に置く。    そして、ベッドに横たわり、時計に目をやる。    時計は12時半を示している。    宮本は天井に貼られているギターのポスターに視線を移し、 宮本(俺にあの光はまだ遠いのか……?あの光は一体なんだ……?)    と思い、目を閉じる。 宮本(バイオリンからギターに変えても同じか……)    と思う。    そして、一息吐いて、 宮本(まあ、差分で金は手に入ったからマシか)    と思う。    宮本の呼吸がゆっくりになっていき、やがて眠りにつく。    是音(1)仮 完